CINEMA草紙

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スコセッシ監督渾身の傑作『沈黙』レビュー。テーマは深く重いが、今だからこそ目をそらしたらいけない。  

沈黙 -サイレンス- SILENCE
監督:マーティン・スコセッシ、撮影:ロドリゴ・プリエト、出演:アンドリュー・ガーフィールド、アダム・ドライヴァー、浅野忠信、窪塚洋介、塚本晋也、イッセー尾形、リーアム・ニーソン


☆17世紀の日本。ポルトガル人宣教師フェレイラが、キリシタン弾圧の拷問に屈して棄教したとの知らせを聞いた弟子のロドリゴとガルペは、真相を確かめるべく日本へと向かう。マカオで出会った日本人キチジローの手引きで長崎の隠れキリシタンの村に潜入した二人は、日本人信者が様々な拷問により、命を落としていく悲劇を目の当たりにする。

戦国時代から江戸初期のキリスト教弾圧は歴史で学んだし、原作も読んではいたのだが、実際に映像となって様々な拷問が再現されると、見るに耐え難いものがある。とくに茂吉の拷問シーンは辛すぎてトラウマになりそうだった。
この映画は日本の小説が原作ではあるのだが、監督は熱心なカトリック信者の欧米人であり、長い間この企画を温めてきた巨匠。しっかりスコセッシの視点が反映されていて、とくに宣教師の心理描写が秀逸だ。
人を救うためのキリスト教布教が、人々を苦しめ死に追いやっている。信仰のために命を投げ出すのは正しい道なのか…。ロドリゴは日本人の拷問を見せられるたびに苦悶する。
一方、何度も踏絵を受け入れ命拾いしてきたキチジローは、裏切っては戻ってきて、ロドリゴに懺悔する。一見、ずる賢い男にも見えるのだが、キチジローは誰もが内に持っている人間の弱さそのものでもある。マリア像や十字架は、所詮人が作った偶像に過ぎない。唾を吐こうが踏みつけようが、心の中の信仰心は不変、とでも考えているのかもしれないが、それが真の信者と言えるのか…。それでは死んでいった多くの信者たちが浮かばれないのではないか。
 映画を見ている間ずっと、ロドリゴとキチジロー、そして死にゆく信者たち、誰の立場にも立てず、自分自身にも悶々としてしまい、終始息苦しかった。
 宗教弾圧は、300年以上たった今でも行われ、キリスト教とイスラムがいがみ合い、イスラムの自爆テロは激化するばかりだ。
「命を投げ出すことが信仰」という考えには賛成出来ないが、厳しく弾圧されればされるほど、熱心な信者の多くは自爆という行為を繰り返すだろう(もちろんテロは絶対悪だが)。

神は何を望むのか?神はなぜ答えをくれないのか?
宗教とは人を救うものではなく、苦しめるものなのか? 信仰とは何ぞや?

無宗教である自分には到底答えは出せない。それほど重いテーマである。
この映画は、信仰を持っている人と無宗教の人では、感じ方も違ってくるだろう。

スコセッシ監督が長い間、映画化を熱望し、ついに完成したことは、長年監督の作品を追いかけてきた自分として、何よりもうれしい。そして、日本人の隠れキリシタンにもしっかりと光を当ててくれたことに感謝の気持ちで一杯である。
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Posted on 2017/02/11 Sat. 11:05 [edit]

category: 映画レビュー

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