CINEMA草紙

ブラジル、アルゼンチン、メキシコ、キューバ等々、中南米カリブのラテン映画・音楽・カルチャーを紹介するニッチなブログです!

映画「俺の名はジョニーじゃない」  

Johnny☆☆現在、ブラジルで公開中の映画「MEU NOME NA~O E JOHNNY 俺の名はジョニーじゃない」は、実在の麻薬売人の半生をつづったベストセラー小説(ギリェルメ・フィウーザ著)の映画化だ。
日本を発つ前、慌てて翻訳本を入手。予習もしっかりした後、映画版を鑑賞。今回はセリフわからなくてもなんとかなりそう^^。

☆リオデジャネイロの高級住宅街で、何不自由なく育ってきた青年ジョアンは、上流階級の仲間たちと一緒にドラッグ・パーティーに興じるうち、次第にコカインの売人として名をあげるようになる。彼の商売相手は、リオのファベーラではなく、税関が押収したドラッグの横流し品や、高級街の有閑マダム。ヨーロッパからの密売ルートも確保したジョアンは、大量のコカインを大胆な手口で売りさばいていく。
まもなく、警察に逮捕されたジョアンは、それまでの華やかな生活とは一転した監獄での孤独な日々を送ることになる。

連想ゲームでブラジルのリオ、ドラッグとヒントが出たら、多くの人は貧民街(ファベーラ)と答えるだろう。とくに映画「シティ・オブ・ゴッド」に衝撃を受けた人は、リオは海、サンバ、そして貧民街、というイメージが強いと思う。私自身、こちらに来るまではそうだった。
ブラジルに来て半年が過ぎ、さすがに犯罪やファベーラの国だけではないこともわかってきたが、リオにはまだ足を踏み入れていないので、どんな町だか体感していない。
ただ、貧民とは無縁のリッチな層も大勢いて、彼らは華やかに着飾り、おしゃれなカフェで談笑し、週末の夜は仲間たちとパテーィーに興じている、という想像はできる。

この映画では、そんな上流層の乱チキ騒ぎと、ドラッグ取引の様子がリアルに描かれている。
ドラッグを売り買いする連中は、見るからに悪そうな黒人ではなく、どこにでもいそうな小奇麗な一般人。
人の良さそうな高級アパートの住人の主婦、生真面目な税関職員などなど、一見、ドラッグとは無縁そうな人が、大胆にドラッグ取引をしているのが面白い。
そして、ドラッグの仕分けは、ファベーラではなく、高級アパートの一室である。
同じ町、同じ時代を描いた「シティ・オブ・ゴッド」では、銃を持った褐色の肌の少年たちが、朽ちた廃屋でドラッグの仕分けをしているシーンが出てきたが、こちらでは、何から何まで違っている。(前日の夜、テレビで「シティ・オブ・ゴッド」を見たばかりだったので、違いをリアルタイムで比較できて面白かった。)
ただし、扱っているのはどちらも同じ種類の“白い粉”。そしてどちらも実話というのが興味深い。

正直、映画のクオリティでは「シティ・オブ・ゴッド」に及ばないが、一人の男の栄光と転落の人生の描き方は、余計な説明もなく、いたってシンプル。ドラッグ取引、ドラッグパーティー、そして逮捕されてからの失意の日々をテンポよく描いていて、とても見やすい映画だった。
(ただし私の場合、ポ語がわからないので、原作読んでいなかったらよくわからなかったかもしれませんが)
主役のSelton Melloは、TVドラマの人気俳優だそうだが、いかにもドラッグ中毒っぽい不健康そうなだらしなさがリアル。おそらく体重増やしたと思うが、体当たり演技は好感が持てた。
ただし、あちこちに貼ってある軽いコメディ映画のようなポスターはNG。内容はまったく違い、かなりシニカルかつハードです。

日本での公開を望みますが…。話題性、芸術性ともに微妙な作品なので、どうでしょう??

MEU NOME NA~O E JOHNNY (2008年・ブラジル)
MAURO LIMA監督,Selton Mello出演
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Posted on 2008/01/27 Sun. 03:20 [edit]

category: ブラジル映画

thread: 公開予定前の映画 - janre: 映画

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ヒース・レジャーの早すぎる死  

ブラジルの朝のニュースでヒース・レジャーの早すぎる死を知りました。

もっとも注目していた俳優だけに衝撃、大きいです。
松田優作、リバー・フェニックス、レスリー・チェンの死に次ぐショックです。
自殺であれ、事故であれ、あまりにも早すぎます。

再びテリー・ギリアム映画に出演も決まっていたのに…。
役になりきる繊細さが災いしたのか、離婚で傷ついていたのか、本当のところはわからないけど、ほんとに惜しい…。残念で仕方ありません。

ヒース・レジャーが出演したおもな映画のレビューはこちらです。

Posted on 2008/01/23 Wed. 13:23 [edit]

category: 映画情報

thread: 俳優・男優 - janre: 映画

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ブラジル日系移民の映画「GAIJIN」  

☆日本人がブラジルへ移住を始めてから100年が過ぎようとしている。
飛行機を使っても24時間もかかる遥か彼方の国ブラジル。
世界が近くなった現代でさえ、ブラジルへ来ることは一大決心だし、年中帰れる距離でもない。時間もお金もかかることだし…。
そんな遠い国から、100年も昔、知り合いもいない、言葉もわからない地の果てへ、船で何日もかかってやってきた日本人がいたということは、それだけで「驚異」。
当時の日本とブラジルの距離感は、今の日本と、宇宙ステーションの距離に相当するのかもしれない。

たとえば、土地に根をはり、土地を守って生きていくのが一番と考え、生まれた場所で家族を増やし、財産を増やしていくタイプの人を農耕民族と呼ぶのなら、日本を離れブラジルに渡った日本人は騎馬民族、といえるかもしれない。
どちらの生き方を選ぶかは人それぞれ。失敗するか成功するか、それは誰にもわからない。

そんな移民たちのドラマを日系人女性監督ヤマザキ・チヅカが作った「GAIJIN」を先日、見ることができた。
残念ながらDVD化されていないので日本では見ることができないが、日本人俳優やブラジル人のスター俳優を使った質の高い作品だった。
北海道開拓者、ハワイ開拓者など、移民の苦労話を描いた映画やドラマは、飽きるほど見てきたが、この「GAIJIN」は、視点が日本人の苦労話だけに終わっていないところに好感が持てる。

日本人よりも前に入植したイタリア人や、農場で働く中間管理職のブラジル人の視点からも描かれ、文句も言わず働く日本人を礼賛するような描き方はしていない。
不幸にも病気になった人々、逃げかえる人々、反発して土地を追われる人々などなど、移民後、いろいろな形で、この地にとどまり、ブラジル人として生きてきた人々。それは日本人だけには限らない。そういう移民たちの歴史は、やはり忘れてはならないし、何らかの形で残していくことが大切なのだろう。

ただし、実際に今、ブラジルで生きている多くの若者は、自分の祖先の苦労話にはあまり興味がないように思える。昔よりも今、そしてこれからの人生のほうが大切。
ごもっともである。
それでも、知らないよりは知っていたほうがいいと思うし、知るべきだと思う。

友人の若いブラジル人は、ポルトガル人とインディオ(原住民)のハーフの母と、イタリア人とインディオ(原住民)のハーフの父の間に生まれたが、インディオの血を引いていることに誇りをもっているし、インディオの言葉や文化についてもよく勉強している。
自分のルーツを知り、誇りを持つ、ということは、限られた文化や社会に固執し、その中だけで生きていく、ということとイコールではない。外の社会や文化を受け入れながらも、心の根の部分で自分のルーツを感じること。それが誇り、というのではないか。

単民族国家・日本で生まれ育ったので、今まで、自分のルーツについて強く意識したことはなかったが、多民族の国で暮らしていると、自分が日本人であるということを、嫌でも意識せざるを得ない。他国の人は日本人をどう思っているのか、また、どう違うのか等々、興味は尽きない。
移民100周年の盛り上がりに便乗し、良さも悪さもひっくるめて「日本人」であることについて、改めて考えてみようと思う。


GAIJIN - OS CAMINHOS DA LIBERDADE (1980年・ブラジル)
Tizuka Yamasaki監督、塚本京子、河原崎次郎、Antonio Fagundes出演
  

Posted on 2008/01/21 Mon. 12:21 [edit]

category: ブラジル映画

thread: 公開予定前の映画 - janre: 映画

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ブラジル日系移民100周年  

ただ今ブラジルでは「移民100周年」ということで、年明け早々、かなりの盛り上がりを見せています。
TV,雑誌では日系人特集が組まれ、アートの分野ではオノ・ヨーコ、オリモト・タツミ(パンを使った現代アート)の展覧会がスタート。
来週は、津軽三味線の上妻宏光がやってきて、ブラジルのアーチストと競演します。(チケットは即日完売で手に入らず…)。
まだまだドシドシ、日本人アーチストがやってくる気配です。
ブラジル人が日本の文化をどう受け止めるのか、興味津々。
できる限りのレポートをこのブログでもお伝えしていきます。

Posted on 2008/01/12 Sat. 02:50 [edit]

category: ブラジル・南米の話題

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コレラの時代の愛  

☆☆コロンビアのノーベル賞作家G・ガルシア・マルケスが1985年に発表した小説「コレラの時代の愛」が映画化された。
しかも主演はスペイン映画界のトップを走るハビエル・バルデム! 
と、聞いたら、ラテン系が好きな人は誰だって飛びつくだろう。
もちろん私もその一人。原作を読んでいなかったので、日本を発つ直前に慌てて本を買い、サンパウロで読み終えた。
映画は、脇にブラジルの名女優F・モンテネグロ(「セントラル・ステーション」)やJ・レグイザモ(「タブロイド」)をそろえ、かなり気合入ってる。ただひとつ心配なのは監督…。

☆舞台は20世紀前半のコロンビア。76歳のフロレンティーノは、町の名士であるウルビーノ博士の死を知り、51年に渡って思い続けた女性フェルミーナへ会いに行く。
かつての恋人の突然の訪問に動揺したフェルミーナは、フロレンティーノを罵り追い返す。
二人が出会ったのは10代の頃。郵便配達員のフロレンティーノは、引っ越してきたばかりのフェルミーナという少女に一目で恋をし、二人は文通を始める。だが、フェルミーナの父親から激しく妨害され、フェルミーナはフロレンティーノの元から姿を消す。
そして数年後、成長したフェルミーナは、町に戻り、フロレンティーノと再会するが…。

原作は、マルケスの小説にしてはめずらしい、一見シンプルな恋愛物語である。
だが、じっとりとまとわりつくような湿気は随所に感じられるし、何よりフロレンティーノの心理描写が秀逸だ。
映画でフロレンティーノを演じたハビエル・バルデムはしつこい役が似合うし、原作のようにねっとり感が出せる俳優だと思う。それだけにかなり期待していたのだが…。

映画は、原作の中で起こった出来事を忠実に追いかけてはいるのだが、基本的な質感が違う。カリフォルニア、とまではいかないが、空気の湿り気が足りない。物語がサラサラー、と流れていってしまっている。
また、フロレンティーノの心の動きがほとんど描かれていないので、フェルミーナを思い続ける行為に説得力がない。だから、せっかく名優を揃えているのに、印象に残るシーンがほとんどない。
フロレンティーノと母の関係なんて、バルデムとモンテネグロ使ってるのだから、いくらでも面白く描けただろうに…。あー、もったいない。
さらに気になったのは、セリフがすべて英語、ということ。
せっかくラテン語圏の俳優をそろえたのだから、原作どおりスペイン語で作ればいいものを、なぜに英語?これは、ラテン系の人怒るよ。(案の定、ブラジルでの評判は☆ひとつです)

と、なんだか、文句ばかり言ってしまいましたが、川のシーンは幻想的で見ごたえあります。
ゆっくりと流れる大河は、まるでフロレンティーノとフェルミーナの人生のよう。
51年に渡る二人の恋の間には、いろいろな出来事があったが、大河は過去を一気に洗い流してくれる。
南米映画の魅力の一つである「自然のおおらかさ」のようなものは(少し)感じることができた。

原作ファンにはかなり物足りない内容ではありますが、日本での公開を望みます。



コレラの時代の愛 El amor en los tiempos del colera
G・ガルシア・マルケス原作、マイク・ニューウエル監督、ハビエル・バルデム、Giovanna Mezzogiorno、ジョン・レグイザモ、フェルナンダ・モンテネグロ出演

Posted on 2008/01/10 Thu. 13:59 [edit]

category: ラテン映画

thread: 映画レビュー - janre: 映画

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